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南 博 HIROSHI MINAMIのブログ

森羅万象/禁煙日記

禁煙日記18

禁煙日記18
年金支給が70歳に上がる相談が始まったそうである。テレビは見ないがこういうニュースは自然と耳に入る。ニホンも貧乏な国になったものだ。高度成長を支えた、我々父親の世代は馬車馬のように働いていた。その結果がこれである。面白いと思うしかない。いずれ五年も経てば、ニホンのことだから、年金支給は80歳からと言い出しかねない。煙草を一本吸うごとに14.4分寿命が縮むそうだ。36年間吸っていたのだから、もう何年寿命が短くなったのか計算するのは不可能に近く、する気も起きない。いずれにせよ、国が長生きされては困ると、お年寄りに間接的勧告を出しているのと同じであるから、私はある意味、それに準じた事になる。私は「良い」国民ではないか。意外である。喫煙は、動脈硬化からくる認知症になりやすいと医師が教えてくれた。認知症になったら年金の心配もできない。政治家の思うつぼである。とにかく、政治のこうした細々とした事を考えながら生きるのがバカらしいから、テレビニュースを見るのを止めたのである。朝から気分を害したくないからだ。朝はラヴェルの音楽のように目覚めたい。夜寝るときはビリー・ストレイホーンだ。後は野となれ山となれとなるように、ニホン政府が仕向けてくれている。
禁煙は放棄しない。しかし、何かまた別の考えや所作を放棄しないと、いくら野となれ山となれと思っていても、世の動きについてはいけなくなる。どちらにせよ、働き者が馬鹿を見て、グリム童話の時代から何も変わらない。
禁煙をして、五感が敏感になり、人間の目つきに嫌でも視線が向くようになってしまった。特に新宿界隈の電車のホームにいる人々の目つきが唯々怖い。尋常な目つきではない。人を押しのけてでも、突き落としてでも、何かしらの事柄を時間通りにやらないと、オレはこの世から抹殺されるといった目つきの人間が多い。余裕が無いのだ。ニホン政府とおんなじだ。そういうものを背負い込んだのは、いろいろな事情があるのだろうが、やはり教育に行き着くと思う。ニホンの教育はいびつだ。ボストンに住んでいた頃、ハイスクールのプロムナード、つまりパーティーの仕事でよく現地の高校で演奏をした。そして彼の地の教育事情を目の当たりにして息を呑んだ。これは1992年当時の事情だが、学生服など男女とも誰も着ておらず、先生が背筋を伸ばすことを強要しているようには見えなかった。パブリック・スクールだったからかもしれないが、足を投げ出している生徒、机に顔を伏している生徒、様々であった。そして教室の中には、白人、黒人、アジア人と全ての人種がいた。余裕を超えた人間鍛錬の場であると思った。各教室に小さな星条旗がはためいていた。こんなことをニホンの学校でやらかしたら、○×組がなんと言うのだろうか。これも洗脳と言えなくもないが、あまりにも直球で清々しいとしか言いようがない。○教×と、それと争う対立者もいない。私はアメリカ礼賛では決してないが、はっきりとしたことは好きである。席順も決まっていなかった。座るところはその日の気分で生徒が決めて良い。椅子机ともぴったり一列に並んではいなかった。各々黒板が見やすい位置にばらばらに配置されていた。班という制度も無い。この教育事情は、1992年以降、コペンハーゲン・ジャズ・フェスティヴァルで何度も訪れたデンマークでも同じであった。しかもコペンハーゲンの小、中学校は、ため息の出るようなステキなデザインの校舎で、まわりを壁で囲まない造りとなっているところが多く、非常に開放的であった。ニホンの学校は、公立なら全国同じデザインである。そして、私の知る限り、教室の窓はなぜか黒板を背にして右側のみだ。デンマークの冬はニホンより寒いが、光彩を空から上手く取り入れる天窓のデザイン感覚など抜群である。北欧の有名な建築家が学校をデザインしていたりする。教室も光彩を考えた、すばらしいデザインでできあがった居心地の良いステキな空間であった。とにかく長方形でコンクリートむき出しの校舎に、これまた味も素っ気も無い長方形の「教室」ではなかった。
良い面ばかりでは無い。教養の無いアメリカ人は、フランスの首都さえ知らずに平気で生きている。しかし、ハーヴァードの日本語学科の学生は、私より漢字を知っていた。ニホンはこのようなばらつきが少ないと信じたい。均一に教育するという点では秀でているのではないのだろうか。いずれにせよ、まだ改良の余地ありである。こんな複雑な言語を扱っている時点で、そこらのアメリカ人より頭のできが違うと思いたいし、それだからこそ改良点も見いだせる頭があると思うのだが。
しかしその、「そこらのアメリカ人」の中から、世界の音楽の歴史を変える大スターが生まれる。アメリカが他の国に様々な酷いことをしているという歴史的事実があるにしても、やはりアメリカから生まれてくるものが多い。アメリカに影響を与えたニホンの音楽家の数はまだ少ない。このことと教育が関係ないはずは無い。ニホンの学校では、席順、班、それにピタッと並べた椅子机。全国同じデザインの校舎、これらは旧日本陸海軍、拘置所などと人のまとめ方が似ているようにみえてしょうがない。十把一絡げという英単語はない。これは学生時代から会社に入ることのみを想定したシステム以上の、何かしらの策略さえ感じてしまう。とにかく、何か少しでも他より「変わって」いる者には、居づらく、息苦しい「場所」であったことは、既に私自身が経験済みである。元々規格外の人間はこのニホンのシステムに入り辛い。いじめが流行る土壌も充分だ。要するに、人間を人間としてみるという基本的構造までは、明治人は真似られなかったのだろう。そんな所で民主主義だ人権だと言ったってたかがしれている。こんな偉そうなことを言っていられるのはお前だけだと思われる方もいようが、私はだからこそ、本能的に子供は作らなかったし、ジャズピアニストに銀行がカネを貸すはずもなく、資産もなく、金持ちでもないが、借金も「できなかった」し、ローンも「組めなかった」し、機械オンチが幸いし、株にも手を「出せなかった」。お陰様で、とても単純な生活を送ることができている。思ったとおりだ。学校の教えていたことを鵜呑みにせずに本当に良かった。良い学校に行き、良い会社に入り、退職金をもらって隠居、という昭和スゴロクはとうの昔に終わっている。勉学は大切だが、何のためにやるのかという方針が、お国のためとなる事は、非常に危険である。勉学は自分のためにするものだ。そしてこれからはコスモポリタンを目指すべきだ。また、そういう人材を、国が援助すべきではないのだろうか。しかし、お年寄りに優しくない国が、そのようなことに手が回るとは到底思えない。
禁煙により冴えた直感にて、以前とは同じ事が、まるで違って見えてくるようになって、私は更に新しい体験をこれからしていくことになりそうだ。70歳の誕生日の前日に亡くなる方が、悔し涙に暮れる世が、もうすぐ実現するのであろう。
禁煙の話からそれた。まあ、そのような学校に行「かされて」、いずれにせよ年金受給は遠「ざかる」のみ。段々と煙草などに税金を払う気がしなくなってきたのは、私だけなのだろうか。

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