南 博 HIROSHI MINAMIのブログ

森羅万象/禁煙日記

禁煙日記8

禁煙日記

プールには4レーンあり、端の2レーンでは、朝も早くからガシガシクロールで泳いでいる方がいる。見習うべき人々である。私の泳ぐレーンには、お年寄りが水中歩行をしたり、子供が親と戯れていたりするところで、まず、最初はここで平泳ぎを一時間弱、のち、父親に習った海軍式遠泳法で少し泳ぐ。以前このFBにも書いたが、父親は戦時中、乗っていた軍艦が沈められ、太平洋を奄美大島まで、この海軍式遠泳法で、一昼夜泳いで助かったという経験を持つ。海軍式遠泳法の特徴は、疲れたら泳ぐのを止め、水に浮いた状態を保てることにある。速く泳ぐための泳法では無く、助かるための泳法だ。しかし、父親は、二十代だったとは言え、こんな甘っちょろいプールなんていう監視員もいるような場所では無く、絶海の太平洋を、しかも塩水の中を一昼夜泳いだのである。ありえない。プールの中でさえ、浮いているだけでも鼻に水が入り、むせたりするのだから、海の中ではどう成ってしまうのだろうか。相当な特殊訓練を受けさせられたと考えるしかない。

一時間強泳いだので、一日目はこのくらいにしておこうかとプールを出る。身が軽いと感じたと同時に、ふと母親のことを思った。母親もいい歳で、腰痛持ちであり、整形外科に行ったら、この骨盤でよく子供が二人産めましたね、と医師に驚嘆されたと言っていた。母親は、育ち盛りが戦争中であったための栄養失調が原因だと話していた。そこから生まれた私が、そんなに頑健な訳が無いのである。今までの色々な事々を思い返してみると、そこが不思議なところだが生きているのである。よくもまあ生き残ってきたものだ、と外に出ようとしたら「ぴ〜!ピ~!お客さん!そっちは女子更衣室ですよ!ナニやってんですか!」

監視員に謝り、男子更衣室へ。私は今までに、どういう状態であろうと、こういう種類の間違いだけは犯さなかった。やはりチャンピックスの副作用なのであろうか。どこかがどうもおかしい。しかし禁煙したからこそ、私今はプールにいるのであり、五感冴え渡り、直感も鋭くなっているのは確かである。チャンピックスと折り合いを付けてゆくしかあるまい。例えこの薬がケミカルだとしても、喫煙よりはマシだろう。そう思うしか無い。

コインロッカーのある更衣室とは妙な空間である。皆一様に裸で、友人同士で来ている者など、すっぱだかで談笑している。腕にまいた鍵をロッカーに差し、着替える。シャワーも浴びたから、水道代も浮いたわいなどとセコな事を考えつつ、真面目なことも考える。さあ、これからどうしようか。やらなければならない雑用、仕事のこと、音楽のこと。管弦楽法を更にこれから学ぶのは、金銭的にも時間的にも無理だろうか。リリー・ブーランジェ、ラヴェルなどのスコアを沢山仕入れて、もっともっと分析がしたい。そしてジャズ以外のアプローチを学びたい。実際家ではジャズなど殆ど聴かない。しかしそれには金と時間が必要だ。そして、歳なりに優雅になりたいと切に思った。二十代、三十代と突っ走ってきた。突っ走ってないと何事も追いつけなかった。本を書きながら毎日のように演奏する日々が一番きつかった。締め切り前までには文字を埋めなければいけない。演奏は即興なので、今日は調子が悪かったということで、やむなく音数を少なめにして、演奏を終えることができる。またその方がよい演奏だったりするので音楽は不思議だ。いずれにせよ、ピアニストは大概自分を含めて弾きすぎる。だが、文章はそうはいかなかった。字数というものがある。いろいろとあったが、歳をとるということは優雅になる事であるはずだ。エレガンス、それを学ばなければ。自分自身で学ばないと、逆にやることが空回りしてしまうだろう。

やはりピアノを弾くしかなさそうだ。さてと、朝飯だ。

 

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